領域の概要

研究期間 平成26〜30年度
領域名 脳内身体表現の変容機構の理解と制御
領域略称(領域番号) 身体性システム(4603)
領域代表 太田 順(東京大学・人工物工学研究センター・教授)

本領域の目的

Fig.1

図1 身体性システム領域

超高齢社会を迎えた我が国では、加齢に伴う運動器の障害や脳卒中・脳変性疾患による運動麻痺等が急増しており、これらの運動機能障害を克服する有効なリハビリテーション法の確立が急務である。その鍵を握るのは、身体機能の変化に対する脳の適応メカニズムの解明である。例えば、加齢による転倒の増加は、運動機能の低下に脳の適応が伴っていないことを示唆する。また逆に、運動器には障害が無い病態でも身体認知に異常が生じ得る。これらの事実は、我々の脳内には身体のモデル(脳内身体表現)が構築・保持されており、これに異常が生じると感覚系や運動系に深刻な障害が起きることを意味する。 本領域では、脳内身体表現の神経機構とその長期的変容メカニズムを明らかにし、リハビリテーション介入へと応用することを目的とする。このため、システムの振る舞いを数理モデルとして整合的に記述できるシステム工学を仲立ちとして脳科学とリハビリテーション医学を融合することを試みる(図1)。これにより、運動制御と身体認知を統合的に理解し、真に効果的なリハビリテーション法を確立する「身体性システム科学」なる新たな学問領域の創出を目指す。

 

本領域の内容

本領域では上記目的の達成に向け9つの研究項目(A01, A02, A03, B01, B02, B03, C01, C02, C03)を設ける。研究項目A01・A02は、それぞれ身体認知(運動主体感や身体保持感)と運動制御(筋シナジー制御、先行性姿勢制御)の観点から介入神経科学的手法を用いた実験をヒトおよびサルで展開し、脳内身体表現の神経機構ならびにその変容過程の解明を試みる。脳情報復号化やウィルスベクター技術を用いることにより脳内身体表現の変容を反映する脳内身体表現マーカーを探索する。研究項目B01・B02は、神経生理学的実験データ、リハビリテーション中の臨床データに基づき、脳内身体表現の活動(fast dynamics)と変容(slow dynamics)のダイナミクスを各々時定数の異なる力学系としてモデル化する。研究項目C01・C02は、脳内身体表現マーカーを活用することでリハビリテーション効果の定量化に取り組む。また、脳内身体表現モデルと統合することでモデルベーストリハビリテーションを実践し、介入の帰結予測を行う。さらに、身体全体の感覚運動機能の適正化のための新しい介入法の開発を目指す。研究項目A03・B03・C03は公募班のための研究項目である。

 

期待される成果と意義

脳科学とリハビリテーション医学の知見を、システム工学を仲立ちとして有機的に組み合わせることで期待される成果として以下3点が挙げられる。

1)身体認知や運動制御を担う脳内身体表現の時々刻々の状態とその長期的変容を直接・間接的に反映する脳内身体表現マーカーを同定することによって、リハビリテーション介入の効果を定量評価することが可能となる。

2)脳内身体表現の変容機構(slow dynamics)を明らかにし、そこへの介入を可能とする技術を開発することによって、従前の経験ベース・試行錯誤的方法から、帰結予測が可能なモデルベーストリハビリテーションへと革新的に展開する。

3)身体認知と運動制御という生存に不可欠な脳の重要機能の仕組みを記述し、これらに共通する脳の計算原理に迫る。